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Mitsuhiro Yoshioka
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_28-6_31; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_28

Abstract:
北の大地が「北海道」と命名されてから150年という年月が経過した。脈々と続く次世代に向け、これからも北海道は世界とともに歩む持続可能な地域づくりを進めていかなければならない。そのために、SDGsの達成に向けた取組の積極的な推進が重要となっている。2018年度の道民意識調査では、SDGsについて、約70%が「知らなかった」と回答している。北海道が優先課題として掲げているのは、「あらゆる人々が将来の安全・安心を実感できる社会の形成」である。北海道は、これまで経験したことのない人口減少や高齢化、自然災害への対応など、様々なコミュニティーの存続にも関わる課題に直面している。一方で、強みもある。豊かで美しい自然、広大な大地とそこからもたらされる安心・安全な食と豊富で多様なエネルギー資源である。北海道ならではの価値が再認識され、SDGs推進にも重要な要素として位置づけられている。
Shinji Honda
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_36-6_41; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_36

Abstract:
富山市の近代化に向けたまちづくりをレジリエンスの観点から俯瞰すると、大きく分けて三つのステージがある。第1ステージは、明治30年から昭和13年頃にかけての神通川の治水対策と路面電車など交通インフラの整備である。第2ステージは、昭和20年から昭和30年頃にかけての戦災復興都市計画や復興のシンボルとなる施設の整備である。第3ステージは、平成16年から令和2年にかけての人口減少と少子・超高齢化対策としての「公共交通を軸とした拠点集中型のコンパクトなまちづくり」である。令和2年に路面電車南北接続が実現し、明治41年の富山駅開業により南北に分断されてきた市街地の一体化が図られ、市民百年の夢が実現した。現在のまちづくりは、第1、第2ステージのまちづくりに支えられて実現したが、その背景には、傑出したリーダーたちの存在があった。
Kimio Ito
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_15-6_18; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_15

Abstract:
2018年12月に開催された第1回目の地方学術会議「日本学術会議 in 京都」について、①地方学術会議の京都での位置づけや会議の名称の決定にいたるプロセス、②開催にいたる経過、③実際の会議の内容、④成果と課題、について述べる。
Yoshimichi Sato
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_50-6_52; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_50

Abstract:
東北地方における日本学術会議の活動は東日本大震災と不可分の関係にある。日本学術会議による大震災関係のさまざまな意見の表出やシンポジウム等の開催は被災地の研究者にとって大きな心の励みになった。「日本学術会議を通じて日本社会とつながっている」という安心感を抱くことができた。被災地の復興はまだ終わっていないし、いつ終わるかも分からない。これからも日本学術会議が東北地方の研究者や一般市民と連携しながら、復興過程に関わっていくことを期待している。また地方学術会議と東北地区会議との有機的な連携を実現していくことが東北地方における日本学術会議の活動にとって重要である。
Mitsuo Ochi
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_46-6_49; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_46

Abstract:
広島大学は、世界の頭脳循環に参画しながら、科学技術イノベーションが次々と社会実装され、SDGsの達成にも繋がるSociety 5.0を実現すべく、未来社会ビジョンを共有する地元自治体である東広島市との間で新しい連携体制を構築した。具体的には、東広島キャンパスに誘致したアリゾナ州立大学と地元自治体であるテンピ市との組織的、日常的、包括的パートナーシップを参考に、Town & Gown Officeを共同で設置し、タウン(街)とガウン(学生や教員)が一体となった街づくりや地域課題の解決のための組織整備を進めている。地方創生とは大規模な社会変革であり、平和都市ヒロシマに隣接する東広島市において、平和を希求する大学が提案するポジティブ・ピース(積極的平和、つくる平和)を具現化するが、広島大学はその中核教育研究拠点となり地方創生を牽引する。
Kazuhisa Todayama
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_32-6_35; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_32

Abstract:
2019年6月28日に開催された第三回地方学術会議「日本学術会議 in 富山」について、開催に携わった中部地区会議の一員としての視点から報告し考察する。まず、会議の概要と当日の模様をまとめる。次いで、会議開催に至る背景と経緯について記述し、富山における地方学術会議の開催を可能にした中部地区会議側の要因を二点抽出する。すなわち、地区会議の一極集中を避けるための「輪番制」と、中部独自の組織である科学者懇談会との連携である。これらが地方学術会議の開催において果たした役割を指摘する。最後に、地方学術会議の開催という経験を通じて、筆者が得た気づきと今後の展望、すなわち地方学術会議の多様性拡大の必要性と地域における日常的活動の重要性について述べる。
Masako Bando
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_19-6_23; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_19

Abstract:
ポスドク問題、シニア人材活用、科学普及を目標にここ10年活動をつづけてきたNPO法人知的人材ネットワークあいんしゅたいんが、「日本学術会議in京都」企画に関わって、多様性と包摂性を基礎に、市民と積み上げてきた経験、男女共同参画における日本学術会議、多様性と包括的イノベーションの視点からのメッセージ、クライシス下での科学と社会を論じ、そこから市民を巻き込んだ、分野を横断する科学の在り方を探る。個別科学の深化の20世紀から分野横断的課題の解決に向かって、科学社会の今後の行方を、多様性と視点から考察する。
Yasuomi Ibaraki
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_42-6_45; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_42

Abstract:
2020年9月27日にオンライン開催された「日本学術会議in山口」(山口大学吉田キャンパスより配信)は、二部構成で行われ、第一部では「AI戦略の地方への展開──大学におけるデータサイエンス教育と地域連携」というテーマでオンライン公開講演会が、第二部では、地方との対話の場として、幹事会懇談会(非公開)が同じくオンラインにて開催された。公開講演会は、地方学術会議の目的とする「多様な地域課題の解決」と「科学に対する興味・関心の喚起」を主眼に置き、急激に社会の中に浸透しつつある科学技術の一つであるAIを主テーマに取り上げた。政府が科学技術政策の中核にも据えている「AI戦略」に焦点を絞り、地域課題の解決に向けた科学技術の応用に関する議論を喚起する場とすることを狙った。本稿では、「日本学術会議in山口」の開催趣旨や実施概要に関して、主に日本学術会議の視点から紹介する。
Masanori Yoshigai, Kei Zenimoto, Nina Yasuda
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_72-6_79; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_72

Abstract:
地方創生について、若手の企業家、市役所職員、地方大学教員の立場から話し合う座談会を行った。東京大学大気海洋研究所でウナギの生態に関する研究で博士号取得後に長崎県対馬で漁師として持続可能な漁業を目指す銭本慧氏、観光や地域の振興にとっても重要な施設である、豊橋の道の駅を発展させることに大きく貢献した豊橋市役所の吉開仁紀氏の地域における活動体験を中心に、地方創生のために重要な事柄について話しあった。地域経済の問題点やその地方ならではの価値を新規に見いだすこと、地域住民との調和と対話を現場で重ねて、お互いが幸福になる道のりを模索し、根気よく自分たちの活動の意義や重要性を認めてもらうこと、さらに、こうした地方創生に寄与できる人材の育成として、世界や日本全体から見た地域を客観的に見る視点と地域住民や地域システムの観点からの視点の両方を理解し、活動してゆける人材を育てていくことが重要であると考えられた。
Nobuo Kimizuka
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_56-6_58; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_56

Abstract:
九州・沖縄地区における日本学術会議の活動について学術講演会を中心に紹介し、新型コロナウイルス感染症影響下における学術講演会の今後の在り方について述べる。
Kiyohiro Houkin
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_24-6_27; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_24

Abstract:
日本における「地域」コミュニティの過疎化と環境変化は、急激である。筆者の「ふるさと」においても、この60年余りの期間、地域は力を失ってきた。その中で、地域における学術に関して、日本学術会議がこれまでに、十分な機能を果たしてきたとは必ずしも言えない。今回、北海道において、地方学術会議in 北海道を開催した。その取り組みを紹介する。今後、①学術会議の課題を地方で議論する場としての役割、②学術の広報的役割、③地域の問題を取り上げる学術会議の役割という3つの役割を、地方学術会議が十分に果たしていくことが期待される。特に、ポスト・コロナにおける地域活性化に関して、日本学術会議の責任は非常に大きい。
Juichi Yamagiwa
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_10-6_14; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_10

Abstract:
日本学術会議第24期(2017年10月~2020年9月)は、首都以外の地域へ機能移転をするといったこれまでの議論を解消し、毎年順番に7つの地区に振り当てて地方学術会議を開催することにした。24期中に京都、北海道、富山、山口と4か所で実に個性あふれる地方学術会議を開催できたのは、今後の地方学術会議を発展させるうえで重要な試金石となったのではないかと考えている。予算の制約もあって、地元大学に会場や開催準備などの助力を仰ぐことが必要となるが、会議には日本学術会議の幹事会を組み入れ、地元の行政や民間団体との対話を交えることが望ましい。コロナ後の日本は、テレワークを使った単業から兼業といった労働のあり方や、単線型から複線型へといった人生の見取り図が大きく変化し、大都市と地方の価値が逆転して地方の時代を迎える可能性がある。大学などの学術の拠点は未来へ向かう重要な指針を得られる場所として、これまで以上に大きな役割を果たすことが期待される。
Juichi Yamagiwa, Fumikazu Sato, Eshin Uno, Miyoko O. Watanabe
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_62-6_71; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_62

Abstract:
新型コロナウイルス感染によって社会が大きく変わり始めた今、地方創生と学術の役割を問う座談会を行った。産学官の多様な経験をした4人が、それぞれの立場から地方で暮らした経験をもとに地方創生の意義を考え、議論した。日本の地方にはそれぞれ独特の歴史とそれに基づいた文化が育まれ、これらがこれからの社会を変える鍵になること、現在地方で最も深刻な世代交代の問題は二拠点居住や兼業などにより解決策が見えつつあることなどが語られた。そして、これからの学術はこの社会の変化を捉え、各専門分野に閉じずに他の分野と手を組み、市民や行政を巻き込む超学際を進め、現場を重視しながら総合知をもって未来を見通すことが重要であると論じた。地方創生の出発点は中央政府よりも地方の産官学民の連携にある、これがこの座談会の一貫した主張である。
Kaoru Endo
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_53-6_55; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_53

Abstract:
関東地区会議は、これまでのように日本学術会議本部と一体であるかのような位置づけを脱し、新たな視座にたって、従来必ずしも十分に意識されなかった重要な役割を果たすべきである。それは、関東地区のみならず、他の地区会議との有機的な相互連携にも大きな力を発揮し、日本学術会議全体の活力をいっそう大きく高めることになる。
Mayumi Ishizuka
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_59-6_61; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_59

Abstract:
日本学術会議では地方創生を目的に、2018年度より新たに地方学術会議の開催を開始している。地方創生と学術・科学イノベーションとは密接な関係にあり、地方創生推進のためには学術の発展が欠かせない。また、国際的に取り組まれている持続可能な開発目標SDGsで掲げる「誰一人取り残されない社会を実現する」は地方創生にも大きくかかわってくる概念である。本稿では、地方創生に学術がどのようにかかわっていくのか、多くのファクターの中で、特に人材育成やデジタルトランスフォーメーションを主に取り上げる。
Miyoko O. Watanabe
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 6_3-6_3; https://doi.org/10.5363/tits.26.6_3

Masaki Nakamura
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 5_36-5_41; https://doi.org/10.5363/tits.26.5_36

Abstract:
科学技術基本法の改正では、「人文科学のみに係るものを除く」という規定が削除され、人文・社会科学が科学技術・イノベーション政策のなかに明確に位置づけられることになった。人文・社会科学を科学技術基本法の対象に組み込むことは日本学術会議も求めてきたことであるが、人文・社会科学の健全な発展、さらには学術全体の振興という観点からはどのようにとらえることができるのだろうか。 本稿では、2008年に提案された「学術基本法」、および1960年代の科学技術基本法制定をめぐる議論、また、1956年の科学技術庁設置をめぐる議論から、科学技術基本法の改正について検討する。
Tomoko Takahashi
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 5_30-5_35; https://doi.org/10.5363/tits.26.5_30

Abstract:
ここでは、科学技術基本法の改定によって責務規定が課されることになった大学のこれからについて検討する。日本には現在、800に近い数の大学が存在し、様々な夢を描く290万の学生が学んでいる。その大学を、Society 5.0へと社会を変えるエンジンに仕立てるために、徹底的に管理し、機能分化させていく、それが大学改革の方向性である。危機感を持って大学とは何かを社会全体で問い直すときがきている。
Hironori Ayabe
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 5_25-5_29; https://doi.org/10.5363/tits.26.5_25

Abstract:
科学技術基本法改正の背景にある科学技術政策の構造的変化について素描する。具体的には90年代以降の、いわゆるポスト冷戦期の30年間の間に、日本の科学技術政策がどう変化したかを、産官学(ここでいう産官学とは、それぞれ政府、産業界、大学や研究機関のことをいう)諸セクターの関係と、ヒト・モノ・カネの動きという二つの視点から描く。ただし、本特集の趣旨を踏まえ、本稿ではとくに学と産官との関係がどう変化したかを中心にみていく。
Momoko Suda
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 5_63-5_67; https://doi.org/10.5363/tits.26.5_63

Abstract:
近年、日本は「出口志向」と「選択と集中」を特徴とする科学技術政策を推し進めてきた。その象徴とも言えるのが、林立するトップダウン型の研究開発プロジェクトだが、多額の国費を投じながら、期待されたような成果が出ているとは言い難い。「誇大広告」や課題責任者の選考での「やらせ公募」、検証なき後継プロジェクトの実施──などの問題も生じた。これらのプロジェクトで采配を振るう「科学技術の司令塔」、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の構成や役割がその前身からどう変遷してきたかを考察する。一方、「選択と集中」の裏側では、基盤的経費が削減されたことにより多くの大学が困窮し、研究の裾野が脅かされている。さまざまなデータで日本の研究力の衰退が指摘されるようになって久しい。科学技術基本法が掲げる「科学技術創造立国」を幻としないための処方箋は何か。高い研究力を誇る沖縄科学技術大学院大学の運営にヒントを探る。
Tomohiro Hyodo
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 5_19-5_24; https://doi.org/10.5363/tits.26.5_19

Abstract:
小論は、学術とイノベーションとの相関について検討するものである。科学技術基本法法制化から25年、その後の科学技術基本計画に見られる学術研究、イノベーションの取り扱われ方、また文部科学省の学術分科会における、学術と科学技術イノベーションの相関の理解に関する議論などの整理を行う。そして、学術とイノベーションの相関についてシュムペーターらの見解に立ち戻って技術的要因と経済的要因との相関について、経営学的議論を含め考察する。その上で、学術研究体制における産学連携の組織機構、その具体的形態としての技術科学研究所について検討し、日本の学術研究体制はなお途上段階にあることを指摘する。また、その途上性は総就業者数に対する研究者数の割合、博士学位取得者数の人口当たりの水準と相関していることをマクロ分析から指摘する。
Sayaka Oki
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 5_42-5_47; https://doi.org/10.5363/tits.26.5_42

Abstract:
この総合コメントにおいては、2020年における科学技術基本法改正以降の日本におけるイノベーション政策の方向性が、国際的動向に対していかなる同時性と差異を伴っているのかを展望する。日本政府はその歴史的経緯や言語の関係から、国際的動向とは時差のある形で科学技術およびイノベーション政策を展開してきた。科学技術基本法改正以後に始動する第6期科学技術・イノベーション基本計画ではトランスフォーマティブ・イノベーションが意識されており、人文社会系学問が振興対象となる。これは、社会システム変革を掲げるグローバルなイノベーション政策の動向を取り入れた結果といえる。ただし、日本の議論においては、環境危機の増大や社会的不平等という複合化する現代の課題を扱うことが強く意識されているとはいえない。また、受容・ユーザ主導型のイノベーションへの関心やそれを支える民主主義的諸制度に関する議論が脆弱といえる。
Tateo Arimoto
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 5_48-5_55; https://doi.org/10.5363/tits.26.5_48

Abstract:
「科学技術基本法」が2020年に4半世紀ぶりに改定された。旧基本法(1995年)は科学技術振興が中心であったが、新しい「科学技術・イノベーション基本法」(2020年)では、「イノベーション」と「人文学・社会科学」の推進が追加された。これに基づいて政府が決定した「第6期科学技術・イノベーション基本計画」(2021年~2025年)は、社会の変革と人々の幸福の実現を謳い大きな特徴となっている。この計画をどう実現するか。政策形成プロセスからファンディング、分野や組織を越えた連携など、STIエコシステムの見直しと科学技術のガバナンスの確立が必要となっている。
Iwao Sato
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 5_12-5_18; https://doi.org/10.5363/tits.26.5_12

Abstract:
科学技術基本法が2020年6月に改正され、法律の名称も「科学技術・イノベーション基本法」に改められた。同法の改正は、1995年の法制定以来四半世紀ぶりのことである。この間、日本の科学者の代表機関である日本学術会議は、折に触れて従来の科学技術基本法には看過できない問題があることを指摘し、その改正を提言してきた。日本学術会議の主張の骨子は、①人文・社会科学を含む総合的な学術政策の実現、②基礎科学・基礎研究の推進、③政府の科学・技術政策への科学者コミュニティの意見の反映の3点である。本稿は、これまで日本学術会議が発出してきた提言等を振り返り、今回の科学技術基本法改正に至る日本学術会議の取り組みと基本的な問題意識を改めて整理するものである。今回の基本法改正に合わせて内閣府設置法が改正され、科学技術・イノベーション政策に関する司令塔機能の強化が図られることとなった。科学技術・イノベーション政策や基本計画の策定に科学者コミュニティの意見を反映させる日本学術会議の役割は益々重要となると思われる。
Norikazu Chiba
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 5_56-5_62; https://doi.org/10.5363/tits.26.5_56

Abstract:
第2次安倍政権末期の2020年6月、日本の科学技術振興の根幹を成す科学技術基本法が改定された。「『科学技術創造立国』の実現に向けた立法以来25年ぶりの抜本改正」と謳われ、共産党を除く与野党の賛成多数で可決、成立した。科学者の代表機関である日本学術会議も、基本的に歓迎の立場を表明した。だが、同政権による科学技術政策の歪みと研究現場の寒々しい変質ぶりの双方を見てきた一記者として、こうした現実に対する危機感の欠如は看過できない。今回の改定が意味するのは、この歪みを固定化し、さらに助長することに他ならないからだ。具体的には、従来以上に官邸主導の「選択と集中」が進み、科学技術政策は一層、産業界寄りに傾く。同時に国防政策とのリンクが強化され、軍事研究になびく研究者が増えていく。平和国家の前提を無視して軍事大国の潮流を追う「国策イノベーション」路線の先に、日本が目指すべき「科学技術創造立国」の姿はない。
Mitsuyoshi Numano
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 4_36-4_41; https://doi.org/10.5363/tits.26.4_36

Abstract:
Currently Japanese humanities scholars are under pressure to use English in teaching and writing irrespective of whether they have sufficient proficiency in it even in cases where there is no absolute necessity to use that language. Given this awkward situation, I would like to address such questions as 1) what are the roles of English and Japanese in the process of “internationalization”? and 2) how will it be possible to create a common platform on which literary scholars specializing in different languages can share their knowledge and experience. Finally, I would like to reconsider the ultimate question: why is it necessary to “internationalize” literary studies and what does it really mean to “internationalize”? In my view, Japanese foreign literature scholars have valid reasons for their use of Japanese when conducting their academic activities; after all, the very process of studying and understanding foreign culture while basing oneself on Japanese language and culture can be a challenging, yet highly positive cross-cultural experience which can bring about fruitful findings and new contributions. English should be actively used as a tool for communication in the international academic community of which Japanese literary scholars should be an integral part.
Takayuki Tatsumi
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 4_48-4_52; https://doi.org/10.5363/tits.26.4_48

Abstract:
After Commodore Matthew Perry (1794-1858) demanded the opening of Japan to the world in 1853, renowned Japanese thinker and educator Yukichi Fukuzawa (1835-1901) visited the United States of America twice, in 1860 and 1867. Fukuzawa translated into Japanese Thomas Jefferson’s drafted “The Declaration of Independence” (1776), the democratic spirit of which he incorporated into his own million seller An Encouragement of Learning (1872). While Fukuzawa promoted Japan’s modernization and reform of its education system by advocating the Anglo-American example, it is also true that influence went the other way, too, with traditional Japanese literature shaping western modernist writings around the turn of the century during the heyday of Japonisme. A striking instance of this is Yone Noguchi (Noguchi Yonejirō, 1875-1947), an international poet in the US and the UK who had studied at Keio University, the private school Fukuzawa established in 1858. Noguchi taught western poets such as William Butler Yeats and Ezra Pound the essence of Noh theatre and haiku poetry. He argued too for a literary analogy between the master of Japanese haiku, Matsuo Bashō (1644-94), and the major voice of American Romantic poetry Walt Whitman (1819-92). Hence, Pound’s masterpiece: “In a Station of the Metro” (1913): “The apparition of these faces in the crowd; / Petals on a wet, black bough.” Deeply inspired by the Haiku poetics of Arakida Moritake (1473-1549), with this poem Pound succeeded in creating the exemplary Imagist poem, and revolutionizing western literature in the process. While Noguchi stimulated Anglo-American modernists, Nishiwaki Junzaburō studied in England in the 1920s and digested the literary fruits of the modernist movement as represented by Pound and T.S. Eliot. Nishiwaki transplanted Modernist seeds in the Japanese literary soil with his translation of Eliot’s masterpiece The Waste Land (1922), and by publishing his own surrealist poems. Take a glance at his first collection of poetry Ambarvalia (1933), which opens with the following poem entitled “Weather”: “On a morning of an upturned gem / Someone whispers to somebody at the doorway. / This is the day a god is born.” This is undoubtedly a beautiful poem filled with sublime images. However, we would be remiss if we failed to notice how it opens with an allusion to British poet John Keats’ Endymion (1818). Nishiwaki simply translated Keats’ passage “an upturned gem” directly into Japanese. What is more, the poet composed its second and third lines with an eye to Edward Burne-Jones’ illustration for Geoffrey Chaucer’s “Prioress’s Tale” in The Canterbury Tales (1387-1400). Whereas the romantic geniuses that shaped Yone Noguchi’s opus were well-known for their emphasis on originality, the modernist poets with whom Nishiwaki Junzaburō felt strong affinities pioneered the poetics of quotations, which was laid out in the idea of the “simultaneous order” of literary history detailed in Eliot’s Modernist manifesto “Tradition and the Individual Talent” (1919). Then, Pound, who met Noguchi in the 1910s, so highly esteemed Nishiwaki’s poetry as to recommend him as a finalist for the Nobel Prize in Literature in 1957. In this way, Modernist literature is nothing less than the fruits of intercultural transactions. Although Noguchi and NIshiwaki have rarely been mentioned in Anglo-American literary history, we should not ignore the fact that these Japanese geniuses promoted a Modernist poetics of transnational intertextuality.
Haruo Kubozono
TRENDS IN THE SCIENCES, Volume 26, pp 4_25-4_29; https://doi.org/10.5363/tits.26.4_25

Abstract:
This article discusses how to disseminate research outputs in humanities in Japan to researchers abroad. It begins with an introduction of the various activities conducted by the National Institute for Japanese Language and Linguistics (NINJAL) for the internalization of Japanese linguistics. It will then describe the difficulties that researchers in humanities may face when they try to share their knowledge with scholars abroad. The second half of the article explores the reason why our knowledge should be disseminated in the common language of English and suggests several policies that can help us accomplish this goal.
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